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神皇紀の意義

 投稿者:maeda  投稿日:2011年 7月26日(火)18時48分44秒
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  1.富士古文献では、徐福が富士に渡来したのが、孝霊天皇の世とされているが、これこそ「中臣藤原物部麿」なる人物が、富士山麓を訪れて、この文書を読み「作正宇津須、つまり文書(徐福筆録とされるもの)の文章を正して、これを新たに写し改めたという、改正対象となったのではないだろうか。
また、竹内文書等古史古伝とは切っても切れない関係にある古代の伝説的な英雄・竹内宿弥は孝元天皇(孝霊天皇の子)の曽孫と伝えられている。

2.宮下家は、応神天皇の御子・大山守皇子の子孫であり、富士王朝の再興を願って、ヤマト王朝と対立したこともあるが、ヤマトタケルの妃であったミヤズヒメとその子を守ったため、取り立てられる。
富士山北麓は、古代にはサガミに属していた。相模は東三河からの入植者によって開拓されたとされ、徐福一行の子孫の活躍した地と考えられる。
この状況は、邪馬台国と狗奴国の歴史関係と繋がりがあるように感じられる。

3.富士古文献は、宮下家に保管された古文書である。しかし、大本教の出口王仁三郎が神典として重要視した。
大本数においては、富士は天教山とされ、地教山は皆神山であり、徐福一行の事跡と重なる。霊界物語に現われる大本神話との共通性は明らかであり、とくに『霊界物語』「大祥地瑞」の冒頭は、富士古文書において宇宙初発の神とされる天之峯大神を「主の大神」とし、富士古文書の神統譜を大石凝真素美の言霊学で説明する形になっている。これは日月神示(岡本天明)に示される神と同じで、現代の日本の精神界をリードする指針となっていると考えられる。

4.富士古文献は、紆余曲折を経て、一部改定を受けている可能性があるが、原日本の民の古代史を伝える貴重な文献と考えられる。神皇紀はその大要を世に公開した重要な書籍である。しかし、刊行時の時代的影響を受けて、内容表現に制限が掛けられているところがある。古文書原本全体を再見直しすることは、日本人のルーツを解明する点で大いに意味があると思われる。
   
 
 
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