|
|
『境界に生きるモンゴル世界ー20世紀における民族と国家』
ユ・ヒョヂョン ボルジギン・ブレンサイン【編著】
八月書館(2009年3月28日)
436p / 21cm / A5判
ISBN: 9784938140625
(概要)
本書は、同一または同系の民族としての意識をもちつつも、さまざまな「境界」によって分断され、「境界」
によって囲まれた地理的・政治的空間のなかで暮らしている「モンゴル人」や隣接の諸民族の民族としての営み
のありようを、20世紀における国家と民族をめぐる世界規模でのより大きな流れを意識しながら、さまざまな角
度から考察した4本の論考と、内モンゴルの文学世界を論じた論文、「モンゴル世界」を軸に日本における「東
洋史」の成立を論じた論文の2つの特論から構成されている。
ここでいう「モンゴル世界」とは、基本的には「モンゴル人」または「モンゴル系」の人々が居住している地
理的空間であるモンゴル高原及びその周辺地域を指すが、必ずしもこれに限定していない。また、本書における
「境界」とは、国家的・地理的な分断線としての国境のみならず、一国内の行政区域間の境界線、さらには民族
識別などによってもたらされた民族間の人的境界をも含む。「境界」を、一国内の行政区域や「識別」による人
的境界にまで広げている点は本書の大きな特徴である。同時に、本書は「境界」を「所与」のものとはせず、境
界の設定過程にまで遡り、境界が引かれた経緯を詳細に跡づけることによって、その背後にある国家の意図や、
それと絡む形で形成された「境界」そのものに対する関係諸民族の意識、そして、それによってもたらされた民
族間関係のありようまでをも考察の対象にしている点も従来の研究にはない新しいものであろう。
第1章のブレンサイン論文は、内モンゴル自治区に隣接している遼寧省、吉林省、黒龍江省のいわゆる東北三
省のモンゴル族の状況を題材として「見える境界」の成り立ちや、そのなかでのモンゴル族の暮らしを考察して
いる。本論文は内モンゴル自治区の蚊帳の外側に取り残されたこれらの地域のモンゴル人と内モンゴル自治区と
の複雑な関係を描いているところが特徴的である。
第2章のユ論文は、1950年代の「民族識別工作」によって独自の民族として認定され、中国を構成する少数民
族の一つとして再出発することになった「ダウール族」に対する識別そのもののプロセスと、それを踏まえて行
われた「自治区域」設定をめぐる複雑な政治過程を通して、建国直後の新しい民族政策やそれによってもたらさ
れた民族関係のありようを実証的に検討したものである。
第3章の青木論文は、ロシアの未公刊史料を駆使しながら1910年代末から20年代半ばにかけてのロシア(ソ連
)及びコミンテルンが「モンゴル世界」へアプローチしたプロセスを跡づけている。もとよりこの関係は一方通
行的なものではなく、ロシア、またはコミンテルンを利用してモンゴル世界の再統合を実現しようとした「モン
ゴル人」側の主体的な営みを前提とするものである。
第4章のテグス論文は、国境によって引き裂かれた内外モンゴル間の距離を縮めるべく、言語の統一を目指し
つつも、ひとまずは文字の統一を試みた1950年代の中国側のモンゴル人たちの営みを取り上げ、その様子と挫折
の経過を跡づけている。この運動に対しては、そもそも中ソ関係の緊密化の中で始まり、その関係の悪化を受け
て中止されたとする見解があるが、そうではなく、モンゴル人自身の主体的な営みとして運動を捉え直す点、国
境にまたがる民族同士の交流や一体化を危険視することになった中国当局の民族政策の転換に中止の原因を求め
た点にこの論文の新しさがある。
特論1の佐治論文は、内モンゴルのモンゴル語作家リグデンの作品を通して、内モンゴルの文学世界と遊牧民
の生活を紹介しようとするものである。その中でも、遊牧地域における文化大革命および「新内モンゴル人民革
命党冤罪事件」を正面から描いたリグデンの代表作である長編小説『地球宣言――大捜求』を中心にリグデン文
学にみる内モンゴルの姿を検証している。
特論2の松枝論文は、日本における「東洋史」の成立過程を扱ったものである。明治の開国以降、西欧の諸科学
が直接日本に伝わるや、日本は中国史を手本にしてきた歴史学を改め、まったく新たなアジア史を組み立てる必
要を迫られた。それは政治・軍事上の要請から、また西欧史と向きあうための東洋史が方法論的にも求められた
からである。そのとき注目された空間がモンゴルをはじめとする中央アジアであり、それはそのまま歴史上の空
白地帯(塞外)を争奪する派遣闘争の体をなした。本論は、こうした「東洋史」なるものがどのように醸成され
ていったかを、モンゴルを核として素描し、再考したものである。
(目次)
[第1章]中国東北三省のモンゴル人世界 ボルジギン・ブレンサイン
──中国東北地域の形成
──柳条辺墻と東北地域
──東北三省内モンゴル人社会の歴史的歩み
──「省外四旗」からモンゴル族自治県へ
──モンゴル族になった旗人
──内モンゴルへの眼差し
[第2章]ダウールはモンゴル族か否か
──1950年代中国における「民族識別」と「区域自治」の政治学 ユ・ヒョヂョン
──国境にまたがる「モンゴル人」の「民族識別」と中国の「民族識別」
──ダウール識別への歩み
──ダウール族の誕生—独自の民族としての認定の論理
──民族「願望」の現実—「区域自治」への波乱に満ちた道程
──民族文字への「見果てぬ夢」、そして「民族識別」と「区域自治」の政治学のその後
[第3章]「境界」を行き交う民族の思いと大国の思惑
──1920年代前半の「モンゴル世界」とソヴィエト、コミンテルン 青木雅浩
──20世紀初頭の「モンゴル世界」の構造
──「モンゴル世界」における民族運動とモンゴル人民政府の成立
──ソヴィエト、コミンテルンと外モンゴル
──各地のモンゴル人の活動とソヴィエト、コミンテルン
──「モンゴル世界」の一体性、個別性とソヴィエト、コミンテルン
[第4章]統一文字への夢──1950年代中国におけるモンゴル語のキリル文字化運動 テ グ ス
──国境にまたがる民族のことばと文字
──キリル文字化運動の背景
──キリル文字化運動の展開
──キリル文字化運動の挫折
──国境にまたがる民族の統一文字への夢
[特論1]内モンゴル文学管窺──リグデン文学から覗く内モンゴルの文学と生活 佐治俊彦
──私の内モンゴル文学研究の始まり
──内モンゴルの「少数民族文学」
──内モンゴル文学の中でのリグデンの歩み
──文化大革命と『地球宣言——大捜求』について
[特論2]日本における「東洋史」の成立とモンゴル 松枝 到
──ヘーゲルのモンゴル
──日本における東洋史の前史
──東洋史のはじまり
──近代のモンゴル史
──東洋史とナショナリズム
|
|