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絶滅への道―内モンゴル自治区成立60周年に提出する抗議文

 投稿者:www.innermongolia.org  投稿日:2007年 9月 4日(火)11時50分12秒
  絶滅への道―内モンゴル自治区成立60周年に提出する抗議文

 モンゴル・漢ふたつの民族は、17世紀末に満洲人(清朝)に支配され、同じように国家を失って異民族の支配下に入った。このように異民族に支配されることは、漢人にとっては10世紀以来繰り返されてきたため驚くべきことではなかったが、モンゴル人にとっては初めてのことであった。20世紀初頭、中国は完全な形で、モンゴルはその大部分が独立を取り戻した。ところが、独立を果たせなかった南モンゴルのモンゴル人は満洲人から漢人に移され、これ以後、その運命は完全に中国に委ねられることとなった。中国では日中戦争や中国内戦が同時に起こっていた。また、中国を分割しようとする日本の政策や軍隊の侵攻によって、南モンゴルのモンゴル人は漢人の魔の手から逃れる期待をもつようになった。日本人の満洲国、蒙疆政府の建国によってふたつに分割された南モンゴルのモンゴル人は、それぞれの境界内で民族の自由を希求していた。日本の敗戦後、南モンゴルのモンゴル人は独立を宣言するか、あるいはモンゴル国に合流するかふたつの道を模索したが、世界を再び分割した大国による「政治地図」であるヤルタ会談によって、200万の南モンゴル人は中国内に取り残されることとなった。60年前の1947年5月1日「内モンゴル自治区政府」という見せかけの政府が成立、清朝時代よりもさらに残酷で暗黒の共産主義中国が南モンゴルのモンゴル人を支配することになった。
 「民族自治」という政治制度の下、南モンゴルのモンゴル人は60年間生きてきた。これが、モンゴル人にとって絶滅への過程であったということは今日明らかになっている。
 共産主義中国による60年間の支配下で南モンゴルに何が起こったのであろうか。
 党、政府、軍全ての権利を漢人が掌握した。「自治区」が成立した当初、党、政府、軍の主要ポストには、漢化しているか社会主義革命的なモンゴル人を任命して形式的な「自治」を行っていたが、漢人は計画していた通りほどなくモンゴル人の権利を奪い始めた。現在、南モンゴルの自治区、アイマグ(盟)、ホショー(旗)の党、政府、軍の全ての権利を漢人が掌握し、モンゴル人が集まって住んでいるソム(蘇木)・レベルでのみ少数のモンゴル人幹部が見られる。近年、アイマグを中国の行政区画であるホト(市)に、同じくソムをバルガス(鎮)に改編し、モンゴルの伝統的な行政システムを破壊し、モンゴル人にわずかに残っていたソム・レベルの行政権をも奪い、他方で、文化、経済の中心をモンゴルから純粋な漢人地域に移すプロセスが加速している。
 異民族の支配に完全に降った南モンゴルでは、漢人入植者の数がモンゴル人の10倍にもなった。かつて「南モンゴルには500万人が生活することができる」と漢民族の研究者が発表したことがあったが、現在その総人口は約3,000万人である。1947年共産主義中国の支配が確立された時、南モンゴルの大部分のホショーではモンゴル人が多数派を占めていた。例えば、1947年シリンゴル・アイマグ(錫林郭勒盟)のスニド・バローン・ホショー(蘇尼徳西旗)にはたった2人の漢人しか住んでいなかったが、1984年にはホショー全人口7万のうちモンゴル人は3分の1にも満たなくなっていた。1950〜60年代には、中国政府が中原から500万もの漢民族を南モンゴルに移住させる政策をとったが、それ以後はいかなる許可もなく勝手に移住してくるようになった。1980年代の改革解放、1990年代の市場経済化以後は中国資本が南モンゴルに大量に流入するようになった。そのため、漢人移民が「干ばつ時に草原に大量発生するバッタ」のように激増し、総人口3,000万に対してモンゴル人400万という比率になった。今後はモンゴル人の比率がさらに激減することが明らかである。
 この60年間牧草地を耕し、モンゴル人の牧畜文化、遊牧文明を破壊し、自然が豊かだったモンゴル南部を黄砂が吹き荒れる砂漠の海に変えてしまった。アジアでも有数のバルガ地方の美しい牧草地、世界的に有名なシリンゴル草原から広大なアルシャーのゴビ沙漠、聖主チンギスを祀ってきたオルドス沙漠にまで鍬を入れて農耕地にしてしまった。現在、南モンゴルでは1,000万ヘクタールの牧草地を開墾し、全面積の56.3%が砂漠化した(これは中国政府が発表した数字のため、少なく算出してあることは言うまでもない)。
 木を見ると切り、動物を見ると殺して、イヒ・ヒャンガン・ダワー(大興安嶺)やモニ、アルシャーなどの山の木々は枯れ、ローハやノン、エルグネなどの河川から水を引いたため、フルン、ダライ、ボイルなどの湖が縮小した。鹿やヘラジカが走り、鷹が飛び回っていた広大で美しい草原には野生動物の痕跡が消えた。
 中国政府は、手つかずの自然によって世界に賛美され、平和を大切にしてきたモンゴル人の土地を核実験場にしたため、バヤンノール(巴彦淖爾)やアルシャー(阿拉善)などのアイマグでは様々な奇病が流行り、たくさんの障害児が生まれるようになった。
 草原で何千何万年と暮らしてきたモンゴル人の生業が深刻な環境破壊の原因だと濡れ衣を着せ、遊牧を営む権利を奪って「生態移民」という名で故郷を追い出して土地を奪った。市場経済化以降、30年間の牧地使用権をモンゴル人に与えてから金持ちの漢人を派遣して、土地以外に何ももたず貧困化したモンゴル人からその土地までも買いたたき、モンゴルの土地を合法的に、永遠に手に入れている。
 モンゴル北部(モンゴル国)の独立に際して仏教が大きな役割を果たしたことを知った漢人は、南モンゴルで宗教を固く禁じて滅ぼしてしまった。2,000以上あった寺院を焼き払い、大勢の僧侶を殺害し、追放し、刑務所に入れた。
 民族を包囲して絶滅させる政策を実施し、60年間に数え切れないほどのモンゴル人の命を奪った。漢人は、計画的に順序立ててモンゴル人愛国者、優れた知識人、大小の資本家から貧困にあえぐ牧民までを殺害した。例えば、1968〜1969年の冬から春の短い期間だけでも32万のモンゴル人を殺害あるいは障害を負わせた(中国の公式統計)。1911年以降、100万のモンゴル人が漢人の手にかかって命を落とした。
 モンゴル人に対し文化的に侵攻し、モンゴル人の遊牧文化を中国の農耕文化によって完全に塗り替えた。最初に遊牧を定住牧畜にし、さらに家畜囲いのある牧畜に変えていった。南モンゴル人口の半分以上を占めるホルチン地方では牧畜を完全に破壊し、他のアイマグ、ホショーの牧地を耕地にする政策が強力に推し進められている。南モンゴルでは五畜(モンゴル人が主に放牧する羊、山羊、牛、馬、駱駝の5種類の家畜)が全て揃うことがなくなり、大部分の土地では家畜がいなくなり、番をする犬もいなくなって貧困化が進んだ。
 漢語(中国語)や漢字をモンゴル人に強制し、大切な母語の文化を捨てさせている。1960年代以降小学3年生から漢語を学ばせていたが、1990年以降は小学1年生から教えるようになった。漢語を唯一の公用語にし、漢語の出来不出来が能力の基準になったため、モンゴル人就学児童の半数以上が仕方なく漢人学校に通っている。過去10年間、ソムの統合と同時に多くのモンゴル人学校を廃校にしてモンゴル人児童が母語で義務教育を受ける権利を奪った。モンゴル語は家庭内だけで使う言葉となり、モンゴル文字は漢字の後ろから付いて来る日陰の文字になってしまった。今日、南モンゴルのモンゴル人は、自らの土地において政治・経済の権利を行使できなくなっただけでなく、自らの言語文字を使用する権利までも失ってしまったのだ!
 モンゴル人の民族意識を弱め、「モンゴル」という名を心の中から消してしまうため、小中高校でモンゴル史を教えることを固く禁じている。そして、中国史を強制的に教え、「中華民族」というショービニズムによって青少年を洗脳している。モンゴル史を歪曲して、聖主チンギス・ハーンを中国の皇帝の中に組み入れ、モンゴルの一部であるダウール人を別の民族として分離してしまった。
 人権を著しく侵害し、民主主義、民族の自由・独立のために闘った多くのモンゴル人を刑務所に入れて重罪を科したり死刑にしたりした。1981年の学生運動における指導者のひとりフチントゥクスを2度も禁固刑にした。運動のリーダーであった王建喜は数年間刑務所で拷問され、出所するや否や死亡した。愛国主義的なモンゴル人、優れた知識人、民族意識をもった人びとに様々な種類の冤罪を着せ、刑務所に入れるか軟禁して拷問した。モーノホイ、オラーンショウォー、セデンドルジらに冤罪を着せて長期間刑務所に収監するか軟禁した。南モンゴル民主連盟を設立し、その考えを平和的に表明していた同連盟のハダ会長に15年の禁固刑を科し、現在も服役中である。
 中国人口の4%の少数民族が中国領土の60%を占めている状況を変えるため、人口抑制政策を実施した。モンゴル人には3人以上の子どもをもつことを法律で禁じた。広大な土地や豊かな資源を漢人が手に入れるためである。
 南モンゴルには世界最大の稀土鉱床があり、石炭、鉄鉱、石油、天然ガス、金などの鉱床も中国最大の埋蔵量を誇る。これらの資源は過去60年間に北京政府が収奪して開発して国内外に輸出してきた。90年代以降、中国のエネルギー不足を解消するため「西部大開発」の名の下に資源の収奪をいっそう加速し、南モンゴルを完全に資源基地にしてしまった。
 中国を「刑務所」と呼ぶならば、南モンゴルは「刑務所の中の刑務所」である。南モンゴルでの思想弾圧は、中原のそれより厳格で、出版・表現の自由などまったくない。民族の抑圧や不平等に対して不平を言ったり、民主主義について述べたりしたモンゴル人の作家や学者の作品を発禁処分にしたり、軟禁したり様々な形で弾圧している。
人を簡単に信用してしまうモンゴル人を嘘でだますことは、漢人の常套手段である。民主主義を主張した孫中山は、清朝政府を倒す前、少数民族には独立権があると宣言していたにもかかわらず、中華民国が成立するや否や「五族共和」を主張し、チベット、モンゴル、ウイグルを武力によって自らの勢力範囲に入れてしまった。共産主義中国も、政権に就く前、モンゴル人が独立国を建国することを認めていたが(1935年宣言およびその後の出された決定、発表等を参照)、1949年以降、とりわけ1954年の憲法によって少数民族の自治を基本的に否定した。
 現在、中国人たちは南モンゴルの自治を「民族自治」ではなく「地域自治」に変える政策を進め、南モンゴルを永遠に併合する理論を構築した。
 過去60年間、南モンゴルにおいて住民の生活が向上し、教育が発展し、保健医療が改善されたことは事実である。しかし、これは、時代が成せることであり、戦後世界中で起こっていることに過ぎない。他国の状況と比較するなら、南モンゴルの発展はあまりにも遅いと言えるだろう。南モンゴルの社会建設やその発展は、実際にはモンゴル人の伝統文化を破壊し、あらゆる面で漢化を進める過程だったのである。もし中国の植民地政策がなければ、モンゴル人は遊牧の伝統にしたがって豊かな自然の中で満たされた生活をおくっていたはずである。中国による植民地化がなければ、何千何万というモンゴル人の大切な命が奪われることはなかったし、これほど早く河川や湖沼が涸れて、草原が砂漠化することもなかったであろう。中国人がモンゴル人の土地を支配しなかったら、貧困化して家畜をなくしたり、子どもたちが母語を忘れてしまったり、貴重な鉱物が安易に異民族の手に渡ってしまうようなこともなかっただろう。聖主チンギスの第31代の子孫で偉大な政治家デムチョクドンロブ曰く、「南モンゴルのモンゴル人がイヒ・ヒャンガン・ダワー(大興安嶺)の森林を大切に利用するなら、100年は生き長らえることができるだろう」という言葉を思いおこす必要があろう。
 中国人は上から下まで全ての権利を掌握しただけでなく、自治区区都、アイマグ(盟)、ホショー(旗)、ソム(蘇木)の役所の所在地に定住して支配を強め、近代社会や科学文明の成果を独占してしまっている。その一方で、沙漠や荒れ地に追いやられたモンゴル人はその恩恵に預かるのが難しく、ますます格差が開くばかりである。
 「内モンゴル自治区成立60周年」で中国政府は地方の役所に至るまで大きな予算を出して道路を敷き、ビルを建て、街路を整備し、公務員給与を引き上げ、広場にモンゴル名を付けるなどしている。60周年を祝うためだけに400億元もの予算を拠出した。漢人は何千年という長い間やろうとしてできなかったことをこの60年間に達成することができた。彼らが自らの植民地化の成功を盛大に祝うのは当然のことである。派手に祝うことで大国の中での「自治」が独立と大して違いのない、あるいは、それよりも素晴らしいということを証明しようとしているのだ。植民地化されて喜ぶ民族はいない。植民地がどんなに発展しても、独立に代わることはない。
 中国は「紙に包んだ火」のようなものである。中国経済は急速に発展しているが、民族・宗教・人権問題、貧富の差、独裁と民主主義の矛盾など極めて多くの問題に巻き込まれ、嵐の前の静けさである。漢人が仕方なく民主主義の道を選択するその日、中国は解体し、歴史、民族、文化文明、言語、風俗、宗教いずれも漢人とはまったく異なるモンゴル、チベット、ウイグルをはじめとする少数民族が自由を手に入れて独立することができる。
 中国に植民地化されて60年、南モンゴルのモンゴル人、モンゴル文化、牧草地のいずれも絶滅の危機に瀕している。中国の植民地化を終わらせ、民族の自由、独立を闘い取ることを最終目標に掲げた内モンゴル人民党は中国政府に向かって以下の項目を要求する!

1.南モンゴルのあらゆるレベルの行政権をモンゴル人に返せ。
2.南モンゴルにおいて、人権を尊重し、民主主義を守り、ハダ氏ら愛国者を即刻解放せよ。
3.「生態移民」という名でモンゴル人を故郷から追い出す過酷な政策を即刻中止せよ。
4.不当に廃校にしたモンゴル人学校を再開し、義務教育を母語で受ける権利を奪われたモンゴル人の子どもたちの権利を返せ。


内モンゴル人民党
チンギス暦801年夏の最後の月
西暦2007年8月8日
 

朝青龍の本場所出場停止処分に関する現地での報道

 投稿者:モンゴル在住者  投稿日:2007年 8月 6日(月)23時33分33秒
  朝青龍に対する2場所の本場所出場停止処分報道がやっと現地テレビ局、UBS(革命党系)で8月6日(月)21時頃に伝えられました。

事の発端となった、「巡業逃れの嘘の診断書提出」には、一切触れていませんでした。
また、中田元選手と一緒にサッカーをするように頼んだのが、在モンゴル日本大使館になっていました。
その上、厳しい処分を下した日本相撲協会が、モンゴル人力士の活躍をよく思っていない様な事まで伝えていました。

モンゴルの報道の信用性と中立性には、まだまだ時間が掛かりそうですね。
 

モンゴル時評

 投稿者:村井宗行  投稿日:2007年 6月30日(土)20時45分6秒
  7月1〜4日にヘンティー・アイマグでの国際学術会議に出席し、その後、一時帰国しますので、「モンゴル時評」は9月から再開します。どうぞよろしくお願いします。  

旭鷲山引退断髪式

 投稿者:実行委員会  投稿日:2007年 5月 6日(日)14時42分31秒
  モンゴル出身初の関取『元小結 旭鷲山』が現役引退し平成19年6月2日に両国国技館にて【引退断髪式大相撲】を行います。
当日はモンゴルより政府要人や有名歌手等、モンゴル国の政財界の著名人なども出席します。また朝青龍、白鵬他幕内力士の取組なども行われます。
角界はもちろんモンゴルの一大イベントになるでしょう!

チケット販売や詳細は・・・
下記ウェブサイトまで

http://www.pmh.co.jp

 

ALL モンゴル

 投稿者:ハス  投稿日:2007年 4月18日(水)22時42分45秒
  モンゴル人のハスです。この度「在日モンゴル情報ネットワーク」という日本在住のモンゴル人の情報交換サイトを立ち上げました。モンゴル人、モンゴル文化、モンゴルに関して情報であればなんでも無料で宣伝し、乗せします。

ただ今立ち上げたばかりなので、多くの方々がご参加とご利用をお待ちしております。

今後はスポンサーを探して、運用していきたいと思ってます。みなさんのご協力とご支援をお願いもうしあげます。

サイトURL: http://biz.sarashi.com/index.html

掲示板はこちら:http://bb2.atbb.jp/mongol/

サイトに宣伝や広告を載せたいばい私宛にメール下さい。
 

サティシュ・クマールさんの来日

 投稿者:今岡良子  投稿日:2007年 4月 7日(土)11時10分24秒
  ガンジーの非暴力、「スモール・イズ・ビューティフル」のシューマッハーの思想を引き継ぐ仏教経済学者、世界的にはチョムスキーぐらい有名な知の巨人と言われているサティシュ・クマールさんが来日し、4月25日、26日、京都で講演会をすることになりました。
モンゴル人、モンゴルに興味をもつ皆さんが、どう受け止めるか、興味があるので、ここに宣伝させていただきます。
*********
「依存の宣言」生き残り、良い生活を送るために、私たちは謙虚さを必要としている。私たちは土から生まれ土に還る。私たちは自然の一部であり、それ以上ではなく、そこから分離もしていない。自然はすべての生命の源である。また、歓喜と祝福の源であり、芸術と想像の源であり、詩と霊感の源であり、技能と発明の源である。地球は時間と空間という体験を私たちに与え、季節と変化を与える。私たちは、地球の循環に反応して働き、そして休む。地球は私たちに場所の感覚を与え、私たちはそこから自らの同一性と帰属感を得る。地球は音楽、踊り、喜びの源であり、美、英知、洞察の源でもある。私たちは、自らの存在と経験、幸福と健康、栄養と食物を地球に依存している。
 私たちは、愛するものからの愛と、美しいものの美と、善良なものの善に依存しているのだ。傷つきやすさと謙虚さを奉じて、地球とお互いに対する私たちの完全なる依存を宣言しよう。「君あり、故に我あり」と。
(サティシュ・クマール著『君あり、故に我あり 依存の宣言』第26章より引用)
講談社学術文庫
*********
*  サティシュ・クマールさんを歓迎する市民の会・関西
 呼びかけ人 安斎育郎(立命館大学国際平和ミュージアム館長)  小貫雅男(里山研究庵Nomad)  神田浩史(AMネット代表)  ロバート・コバルチェック(グループ21代表、近畿大学教員)  佐々木 建(京都グローバリゼーション研究所)  中村尚司(龍谷大学教員、PARC共同代表)  平野慶次(日本ホリスティク教育協会)  藤岡 惇(基礎研・自由大学院「人間発達ゼミ」担当、立命館大学教員)  和田喜彦(同志社大学教員)
  連絡先は、藤岡 惇   メール: fujioka@ec.ritsumei.ac.jp

参考情報
サティシュ・クマール
1936年インド生まれ。9歳で出家しジャイナ教の修行僧となる。18歳のとき還俗。マハトマ・ガンジーの非暴力と自立の思想に共鳴し、2年半かけて、核大国の首脳に核兵器の放棄を説く1万4000キロの平和巡礼を行う。1973年から英国に定住。E.F.シューマッハ―(イギリスの経済学者、『スモール・イズ・ビューティフル』の著者)とガンジーの思想を引き継ぎ、イギリス南西部にスモール・スクールとシューマッハ―・カレッジを創設。エコロジー&スピリチュアル雑誌「リサージェンス(再生)」編集長。

シューマッハー・カレッジ
真に持続可能で豊かな社会を創り出していくための国際的な教育機関。1991年設立。最大50人程度の小規模コミュニティで、生徒から講師、スタッフまでが、ともに掃除や料理といった生活の基盤となる活動に参加する。机上で得た知識や理論を超えて、共同生活をしながら実際の行動や経験から学ぶことを重要視している。1年間のマスターコース(ホリスティック・サイエンス修士課程)の他、年間10〜20のショートコース(1〜3週間)を運営している。開発・発展、食、経済、組織運営、精神的成長、持続可能性、平和、平等などについて統合的に学ぶ。カレッジ専従講師の他、さまざまな分野の世界的な第一人者が数日〜2週間の講義を行っている。(講師例:フリチョフ・カプラ、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジ、バンダナ・シバ・・・)。2006年までに、延べ88ヶ国約3,000人(18歳〜80歳)が学んだ。

<来日スケジュール>
2007年4月25日(水)6時半―同志社大学今出川キャンパス・ハーティホールで講演会
2007年4月26日(木) 英語を主たる言語とするリラックスしたギャザリング。黒谷の永運院                           http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm#4月26日
2007年4月27日(金) 明治学院大学横浜キャンパスで講演
2007年4月28日(土) 東京で加藤登紀子さんらとイベント
http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm#土の日アースデイトーク
2007年4月29日(日) 安曇野シャロム・ヒュッテでリトリート     http://www.ultraman.gr.jp/~shalom/satish.htm
2007年5月01日(火) 長野市の市民ネットワーク「N2C2」で講演      http://n2c2.naganoblog.jp/
2007年5月02日(水) 東京の「懐かしい未来ネットワーク」で講演       http://kachina.sakura.ne.jp/kumar/

http://www.geocities.jp/nomadicareastudies/papers/satish-doshishav7.pdf

 

旭鷲山引退断髪式

 投稿者:実行委員会  投稿日:2007年 3月31日(土)16時56分12秒
  モンゴル出身初の関取『元小結 旭鷲山』が現役引退し平成19年6月2日に両国国技館にて【引退断髪式大相撲】を行います。
当日はモンゴルより政府要人や有名歌手等、モンゴル国の政財界の著名人なども出席します。また朝青龍、白鵬他幕内力士の取組なども行われます。
角界はもちろんモンゴルの一大イベントになるでしょう!

チケット販売や詳細は・・・
http://www.pmh.co.jp (4月10日頃OPEN)

http://www.pmh.co.jp

 

ダヤールモンゴルフォーラム

 投稿者:dayarmongol  投稿日:2007年 3月31日(土)15時09分28秒
  ダヤールモンゴルフォーラム

http://atbb.jp/dayarmongol/

http://atbb.jp/dayarmongol/

 

訂正します

 投稿者:T.S  投稿日:2007年 3月28日(水)14時04分23秒
  関連者の・・・系列です。  

情報感謝します

 投稿者:T.S  投稿日:2007年 3月28日(水)14時02分50秒
  石油輸入国に補給する油が購入できなかったら?どうする??壊れたら補修は?保守点検は何処がする。最初から我々は危惧していましたが、まさにその通りなんですね。税金の無駄遣いだ。納税者〔日本人)はこのような事実を知らないんですよ。私はこの国に対するODAの基金は、果たして何パーセント実際に使われたか、途中経由で吸収される金は?
これが疑問なのです。関連者のけいれるの会社が入札。談合ですが、これに裏金がかむ。
オープンな入札が行われない国だということをもっと知らせなくては。
モンゴルで、某社経由でJAICAから買うと日本の8倍の価格になった例を知っています。異状ですよね。輸送費、その他の経費を考えても3倍位以上には絶対ならない。皆は1/3は消えると堂々という。これが真実なのか?? 不思議です。
 

以上は、新着順21番目から30番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  |  《前のページ |  次のページ》 
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