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  1. 中日貿易偽物 コピー專門店lv-market.net(0)
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鬼、笑うのか?

 投稿者:momiji  投稿日:2019年 1月19日(土)22時10分47秒
  2021年6月に、数年前三人展をした友達の真智子さん(小学校一年生から同級)と、2人展をすることにした。こんな変な日取りになったのは、彼女が仏像彫刻をやってて、これから新作に取りかかるからである。

私は人魚舘の壁画を(100号のF)7枚持ってるから、運送賃と仮縁のレンタル代と会場費が工面できれば来月でも出来る。

真智子さんは、これから観音・勢至の二菩薩を、2尺ほどで丸彫りすると言っているので、出来たら相当な迫力だろう。楽しみである。私は、まずお金の算段である。

彼女の弟さんが修業したお寺が、金堂をつてのある人だけに貸す貸しギャラリーにしているので、それを予約した。彼女はここを使うのは2回目だそうだ。

問題は、アクセスである。バスで行けるが、バス停からお寺までが、ちょっと山登りである。タクシーの方が良いかもしれない。
 
 

あかんあかん

 投稿者:momiji  投稿日:2019年 1月15日(火)04時58分35秒
  これを書いたのはmomijiではなくkuroichiです。この人のは参考にしては泣きを見ます。(一度妹の同志社大学のレポートの代作をして、良い点取れませんでした。)

理論的にもいろいろありまして、普通の先生に読ませるのなら、①自分の考えの結論をまとめて言う②実例を挙げながら、その理由を述べる③改めて自分の考えた結論を言う、と言うスタイルが良いです。三段階ですが、いわば起承転結の気持ちで。

このレポートが序破急になってるのは、〈一般人の京大ごっことみなされているイベントだから何をどう書いてもどうせ真剣には読まれない、何でもとおる〉事がはっきりしていたからです。だから自分の美意識に正直に書きました。しかも参考文献も何も上げていません(前年のまとめの冊子と本年度のレジュメに鑑みて、と書いてありますので、先方としてはは弱いんです。)。注と参考文献の記載がないと論文とみなされず、大学なら落とされます。

どうか良いレポートを!幸運を祈ります。

 

レポート

 投稿者:arata  投稿日:2019年 1月13日(日)22時33分1秒
  今、通信学習の試験前でレポート書いてます。うまく書けなくて、もみじさんの↓のレポートを参考にさせてもらってます。理論的な文章というのは書きなれないと難しいものですね。
そちらはもう梅の季節ですか。(*^ー^)ノこちらはこれからが寒さの本番、今バイトにいっている印刷会社は社屋が古く寒いので、ほっかいろを三つくらい貼っています。もみじさんも身体を冷やさないようにすごしてください。ちょっと暖かくなってきて油断をすると、風邪ひきますからね。
またお花のたよりをまっています。
 

梅の枝

 投稿者:momiji  投稿日:2019年 1月 8日(火)00時59分45秒
  持って帰った白梅の枝のつぼみがふくらんで、綺麗に咲きました。今、全開です。すごく良い匂いです。

この梅は、人魚舘の梅林のページにある梅です。梅林、どこだろう(←をい!)
 

あけおーめ

 投稿者:momiji  投稿日:2019年 1月 3日(木)23時15分0秒
  arataさん明けましておめでとうございまーす!今年も遊びに来てください!

田舎から帰ってきました。田舎ではひたすら料理してます。あと、お母さんに許可を得て花ばさみを持って家の回りをうろうろして花材を切ってきて、玄関とお母さんの前の小さい花瓶に生けます。

私が初めて田舎に行ったとき、おじいちゃんは玄関に大きな花瓶を持ち出して、満開の薄紫のミツバツツジの大枝を生けて、迎えてくれました。うちの大人は4人ともお花の免状を持ってる人でした。花材は取り放題でした。お母さんに生け方を聞くと、上手に教えてくれました。

今でも生けたらお母さんに見て貰います。お母さんはたいがい「おう、それでええ」と言ってくれます。仏壇の前に二つ天照大神の軸の前に二つ神棚の集合している棚に二つある花生けには、お母さんの気分にしたがって指示が出されるのでその通り生けます。榊、シキミ、ふくらし、松などが生けられます。

今年は大おじいちゃんの庭と呼ばれている一角にある白い八重椿の大木がよい花を付けたのでそれをメインに、白い八重山茶花、慎ましく可愛いお茶の白い花、絞りの八重椿の蕾、センリョウ、まんりょう、紅白の南天、隣の分家のおじさんが山で切ってきて届けてくれる松とふくらし、細かいつぼみが一杯付いた梅の枝等、どれも美しいです。
 

謹賀新年

 投稿者:arata  投稿日:2019年 1月 1日(火)12時16分50秒
  新年そうそう人魚館に遊びにきました。気軽にこれるのでバーチャルご近所といってもいいのではないでしょうか。
momijiさんの今年の年賀状はどのような図案になったか気になります。
私の年賀状はパソコンで作ったものだし全くアーティスティックではないので、出してもださなくても良いようなものですが、momijiさんのような絵描きさんからもらうのはうれしいと思う。
そんなわけで、今年はぜひ人魚館更新できるようにしてね。
難しいなら画像がアップできるブログのようなものを別にはじめて、リンクだけでも良いです。
こちらに書かれているあれこれ(主にもみじさんのお着物や小物)は画像が見たいわたしです。

今年もよろしくお願いいたします。
 

年賀状

 投稿者:momiji  投稿日:2018年12月19日(水)21時52分6秒
編集済
  人魚館管理人一同にとって年賀状作成は楽しみなものであるが、目下サイトが更新できないのでお客様にお見せするわけにいかない。何のための年賀状だろう!

むろん、郵便での繋がりのある人々には、現物を切手を貼ってお出しできる。艶のある紙にパール入りのインクで、腕の良い印刷屋さんが製版印刷、時には写植も、してくれている、綺麗な総合美術作品である。

この話は以前にも書いたかも知れないが、一人で作っているものなら謙遜もできるが、毎年製版・印刷作業をして(マンガのような完全原稿ではないので、時には拡大縮小やレイアウトもやらねばならない)実際に200枚作成してくれているのは別のプロなので、私の立場はプロデューサー兼原画の画工である。だからハガキの出来については、「良い」と言っていいと思う。

初期のころは、印刷所も忙しかったので、「干支なんか決まってるンやから、おたくなんかもう、夏休みくらいに入稿しといてください!」とよく怒こられていた。うちの年賀状はつるつるの紙の上にパール系インクをのせるので難しく、乾きにくく、いろいろめんどくさいのである。

それでも年賀状というのは年も押し詰まらないと絵を描く気にならないもので、実にチビが生まれて以来33年間毎年12月10日すぎには電話口でへこへこ頭を下げて謝っているmomiji管理人がいる。

去年辺りから印刷屋のお兄ちゃん(音楽は全くやらないくせに趣味で音楽理論の本だけ読んでいるという様な人)も年を取って丸くなって、「18日までに入れてくれはったらよろしいんで」「いい作品を作って下さい。」などと泣かせることを言ってくれるようになった。われわれがはるばる来た年月を思い、涙する。

思えばこの印刷屋さんは、テムペラ画の「小さい先生」が、教室の発表会の案内状を刷らせていた店である。紙もインクも、最初は、案内状と同じに、と、頼んだのであった。先生も亡くなり教室もなくなり、人魚館だけが残る。
 

水色さん

 投稿者:momiji  投稿日:2018年12月 9日(日)23時32分52秒
  ご本人の言に寄れば15年ほど前(本当か?)に、ここを訪れたことがある甥の水色さんが奥さんの麗華さんといっしょに花園のうちに遊びに来てくれた。

まるで兄と妹のようによく似た二人である。そう言えばうちの夫婦も当初は「ご兄弟のような」と言われたものだ。仲がよいのだろう。ありがたいことである。

二人ともほっそりした綺麗なタイプで、偏食はないが、あまり食べられない。急なことで私は午後勉強の予定があったし、光くんは田舎の用事があり、チビは仕事だったので、デパ地下でサンドイッチと太巻き寿司と小エビの唐揚げとフライとりどりとチーズスティックと〈アボカドと島豆腐のレタスサラダ〉等を買って帰った。

薄いグリーンのクロスに、銀皿に一口大に切ったサンドイッチを盛ったものや、古い本物のカットグラスのボウルに入れたサラダなどを綺麗に並べて、食べられない人でも量の加減が出来るように努めた。チビが取り皿として白い菊の柄の交趾の黄色いお皿を並べてくれたので、可愛くなった。

水色さんは今はうちの近くに勤めているそうで、それも安心なことである。星のように輝く大きな瞳の麗華さんは福知山の人だそうだ。美しい結婚式の写真の本を3冊も見せてもらった。彼女のお色直しのドレスは谷間の霧のようなブルーグレーで大層美しかった(花嫁のウェストはこの世のものならず細く、繊細な顔や腕は妖精のごとくであった)のだが写真には薄いブルーに写っていて、これはこれで良かった。

福知山は水害が多い土地なのだが交通の要所で、人口も出生率も増えているという。結婚式にも6ヶ月の大人しい赤ちゃんが来ていて、泣かなかった。私も抱かせてもらった?留め袖だったのでどうだったかよく覚えていない。

ふたりは食後も持参のケーキ(モニカの)を食べ、ハーゲンダッツのアイスクリームも一つずつ食べ、紅茶をおかわりしてなごやかにおしゃべりして、私がプレゼントに買ってきたフォートナム・エンド・メイスンのクリスマスクッキー缶(メリーゴーラウンドのペイントで回ってオルゴールが鳴る)を持って、仲良く帰った。

 

秋桜舎だった

 投稿者:momiji  投稿日:2018年12月 3日(月)23時35分23秒
  そういえば秋桜会ではなくて秋桜舎だった・・・(←名付けておいて、ひどい奴)

先日仕事で参加できなかった亡くなったメンバーのご主人と、世話人の一人と、三人で木乃婦で食事会をしてきた。「光」の着物を着ていこうとスクールカラーの青い帯を合わせ、楽しみにしていたが、直前になって長襦袢の袖が合ってないことに気づき(いつものことながら猿も木から落ちたり河童が川で流れたり(笑))、急遽、別の更紗にした。

全体として秋の山のような色合いのやはり高価な多色の更紗で、複数のパターンを切り継いだようなデザインで、目立たないが奇妙な人物モティーフもはいっていて、格もある。

帯は代赭色に梅鉢のような柄を大きく唐草にした金の引き箔の袋帯、帯締めは錆朱にした。髪飾りはとてもよく光る青貝の、秋の花々模様の櫛。この櫛はアンティークだが実際に使うので、漆芸家の友人に傷んだところを細かく直してもらったのである。

ハンドバッグは、青い方の着物に合わせて前の晩まで作っていた自作のものであった。四条のノムラテーラーで買ったシャネルユーズのファンシーツイード(ポリエステルなのが残念)のブルーを使い、雰囲気がシャネルっぽいのでわざわざ買った古いスカーフクリップ(古色の金色に様々な色のガラスの半球型の模造石がはまっている)を飾りに付け、持ち手の鎖は14金メッキ(固いので丈夫)の得意なクレメンツというメーカーのロープ型のチェーンネックレスを使った。当初思っていた着物ではなくても、多色の更紗なので合わせられる。

別にシャネルのファンではないが、ツイード(メーター1万円以上するが)がたまたま気に入ったし、その段階で材料が全部そろったので〈私だけのシャネル風〉にやってみたのである。裏地は昔の柄を復元した貝づくしのプリント木綿。

シャネル女史の言葉では、「私だってもっと美しい生き方がしたかったわ。」というのが気に入っている。

40年ぶりに会った件のご主人は、小柄な色白の人のような印象があったのだが、全くわからなくなっていた。地味なスーツを端正に着こなした特徴のないしゃべっていても何もしゃべらない工作員タイプの人だった。無理に話を面白くしようともしない、相手に合わすようでも合わさないでもない、京大法学部らしい静かな普通さがあった。(もちろん色々いて、私はどちらかといえば人好きな明朗な性格である。)

何もわからなかったが、デザート以外はお料理は美味しく、おなかが一杯にもならなかった。軽く見ていたが木乃婦は思ったより美味しい。店や食器に凝らない分、味を重視しているようにも思える。

ハンドバッグだが、飾りを取り外しできる仕様にしていたら、二日後に能の会を見に行ったとき、落としてなくしたのでがっかりしたのだが、何と昨日袋の中から無事に出てきた。幸運にも、外れたとき内側に落ちたらしい(あるいは神様が助けてくださったのかも)。それでもう落とさないようにしっかり縫いつけたことであった。
 

肖像画

 投稿者:momiji  投稿日:2018年11月25日(日)00時30分31秒
  あまり描いてもらう機会がないし、自画像を描く技術もない(テムペラ画を習い始めのころ一枚描いたが、あまり適性がないことがよくわかる出来だった)ので、似顔絵屋の良さそうなのがあれば頼むことにしている。

今日は11月祭の美術部のパフォーマンスでわずか200円+心付け、というのがあったので、寒かったが頼んでみた。上手い学生はいなかったので、きちんとした画材(チューブ入りの透明水彩と琺瑯の大型パレット)を使っている人を選んだ。

絵を描き始めて2年目というだけあって、私と大差ない(雑で、色の調がよく読めてなくて、塗る技術もない)腕であった・・・違いは、下手という自覚がないことである。1時間半ほど、おしゃべりしながら(文学部哲学科の2回生であるとか、東京の人間であるとか)気楽に彼なりに、客観的には格闘、してくれたので1000円払った。

描き手としては多分1000%ほど美人に描いてくれたつもりだろう・・・ありがとう、若者よ・・・しかしチビに見せると、「一所懸命に描いたことはわかるけど、センスがよくなくて、上手くない絵である」ということだった。(お母さんはもっとマシだと思ってくれているらしい優しい息子である。)

でも、肖像画を、無心に一所懸命に描いてもらえることなど、これから何度あるだろうか。だから、私としてはこの寂しそうな貧乏そうな老女の絵(描いた人は明らかに共産党系の人間の子弟である)を、大事にしてあげたい気持ちでいる。

 

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