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  1. 中日貿易偽物 コピー專門店lv-market.net(0)
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祇園祭

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 7月24日(火)01時21分45秒
  鯉山から呼び出しがあったので行ってきた。バイトの帰りに寄ろうとしたら、財布を忘れて現金がない。角の店で一本1000円の帯締めを五本買ってカードで支払ったが、店の全てで5000円以上使うわけに行かないので、一度家に戻った。(この時点で一日乗車券を買った)

今年着る予定の絹紅梅はクリーム色に赤と青の三ツ葉の柄なのだが、買ったばかりの帯締めの中に黄緑色にオレンジの三ツ葉の柄を組み表したのがあって、偶然に似合ったので早速使った。(文字で見るととんでもない色あわせに見えるが、着物の色あわせは洋服とは違うので、大丈夫です。)これは神慮である。

鯉山やその周辺の山(橋弁慶とか)の紋所は三つどもえで、やはり水の神様である。同時に入ったお告げ(ウソです。ネット情報)では、われわれが鯉と呼んでいるあの立派な美味しい魚は外来種で、従来〈野鯉〉と言われていた細長い種類が日本在来種の鯉であったらしい。そういわれてみれば左甚五郎作と言われる鯉山の鯉は細長いような気もする。そうだったのか・・・・・

京都の夏はもともと暑いのだが、この頃は核エネルギーをデタラメに解放し続けているせいで、命が危ないほど暑く、花笠の行列は中止になった。

今日も暑く、氷が欲しかったので、角のもと散髪屋か何かのクラシック建物の前で売っているプラスチックカップ入りのみぞれを買った。・・・が、座るところがない!脚が悪くて10分もたってられないのに、道に向かって立ったままみぞれを食べたのだが、まるきり氷屋(ビールもサワーも売っていたが私は酒は飲まない)のサクラであった。子供が私を見て「アレを食べる!」とか叫んどったし!(そして母親は「お母さん、お金持ってきてへんし!」と冷酷に答えてた(笑))

神様のいる日々は、楽しい。
 
 

ぺいあーのぅ

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 7月17日(火)01時28分10秒
  ピアノのコンクールの様子をテレビでやっていたので面白いので見ていた。のだめカンタービレとかも面白がって読んだのである。自分が受けるのはまっぴらごめんだと思うが見てる分にはわくわくして楽しい。

チビは私よりは耳がよいので一緒に見て貰いたいのだが、見てくれない。番組は、編集というか、演出が要領よくしてあって、みんなが期待して納得するような人が1位・2位・3位になった。その人たちの弾くところだけでもと、むりやりチビを呼んで見てもらった。

「この1位の人が一番あなたの音質に似ているか?」と聞くと、
「ここまで優しい音は(ぼくは)出せない。」と答えた。

1位の人は音楽の学校へ行っていてまだ17歳なのにすごく理性的で謙虚で、一日8時間くらい練習しているそうだから、チビのコントロール能力を10000倍ぐらい上回っているのだろう。(もっとかもしれない。)

でもチビの答え方では、音質は似ていると思ったのかも知れない。

楽器は正しい弾き方をしないと本来の音が出ない。バイオリンの場合は弦を押さえる指先の一点とささえる親指の付け根の一点とがまっすぐに力をやりとりしていなければならない。

ピアノの場合は指が鍵盤を打つ一点から伝わる力がカムを通してハンマーが弦を触る一点へ伝わるのだが、それが完全にコントロールできなければならない。

普通のピアニストだとどうしても斜めに力が加わったりするので、人間の指が斜めに弾いている、という音になる。もちろんこれは弾き手の個性でもあるのだから、そこが好きだということになるのだが、ホロヴィッツなどの名人になると、まっすぐに無理なく力が加えられるために弾き手が消えてしまってピアノが自分で鳴っているような感じになる。

こういう音は健康で素直で、聞く人を癒す効果があり、キリスト教世界に於いては光り輝く天国から業火の暗く赤く燃えさかる地獄まで突き抜けることが出来る。天使と悪魔とを同じ一つの美の世界に表すことが出来るのである。ピアノはキリスト教の生み出した最大の宝物である。

チビはどちらかというとこのまっすぐな音を持っているので、彼の演奏は人に優しい。特に、病気や悲しみを持っている人に優しい。無理にでも、一生ピアノを弾いて、誰かの心を慰めて欲しい。

私は最初にピアノの先生のところで『鐘』という8小節しかない簡単な子供用の曲をチビと連弾したときに、文字通り飛び上がったのである。親子なので身体が同じだから響くのだ。

メロディは私が弾いて、チビはGの音を各小節全音符で弾いていただけなのだが、それは私にとって教会の鐘の音だった。そして私はそれ以来至福の母親でありつづけている。
 

お客さんの続き

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 7月 7日(土)02時17分58秒
  お客さんは満足して帰りました。時間がせいていたのだが、彼女は精力的に楽しむ人だからかなりのスケジュールをこなした。(私より元気だ・・・)

彼女のお気に入りの香の店(黒田香舗)で、私からのプレゼントで、いつもの円錐形に固めて火を付けるものじゃなくて、小さな錦の袋を選んで、中身の香も3種類ある中から選んで目の前で詰めて作ってもらう匂い袋を進めたのだが、彼女もキキちゃんもそれぞれ気に入った袋と紐を選んで喜んでくれたようで、良かった。

キキちゃんはキキさんと呼ばねばならぬほど大人っぽいナイスガイだった。先が楽しみである。でもおじいさん(お母さんの父親)の音楽は特に受け継がなかったようだ。クラリネット奏者で、NHKのバンドのシャープスアンドフラッツの人だったのだが。

モトといったので、自分の娘にも同じような名前を付けたのだが、彼女は勝手にモカと名乗っているのでみんなモカちゃんといっている。

モカちゃんはミネラルショーに一緒に行こう、と私を誘っている。
 

遠来の客

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 6月22日(金)23時57分9秒
  arataさんが大阪に来るときに会える予定だったのが、中止になってしまった。こんな気候だから、体調、お大事に!(泣)またこんどねー(T_T)とか思っていたら、まるで代わりのように、一生のうち何回かしか会えない友達が、東京から来るという。前に会ったのは20年ぐらい前だ。イベントで東京に行ったとき泊めてもらった。

車で来るという。(^^;)

彼女は今でも妖精のような白いくねくねした(←森茉莉流のほめ方)綺麗な女性で、長い茶色の髪は波打っていて、その見かけからは想像も付かないことに、2度の結婚で6人もの息子を産んだ人だが(一人は流産でなくなった)末っ子のキキちゃんの運転で来るという。

この京都に!車で!来るなんて!さすがに私の友達だけある、としか言いようがないが、「新幹線より安いから」という理由なのでしょうがない。当日ホテルのガレージ(予約不可)が空いていることを祈るばかりである。あと、お母さんを京都に連れて行ってあげたいと思った優しいキキちゃんは背丈が180センチ以上あるそうで、ちょっと楽しみである。
 

頭の良し悪し

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 5月25日(金)00時14分53秒
  こっちの漢字の方が適当だろう。

一所懸命にやっていった宿題は、果たして間違っていたようなかんじであった。出てくる音階を全て調べて書き出していった(10種類あった)のだが、そうではなくて、4本の線の上の指の位置を全部書き出せということだったそうだ。先生の伝え方も良くなかったので、しょうが無いと思う。次までにやり直す。

ハーモルから始まって次々と転調を繰り返し、ギスモルで終わる曲の全貌がつかめただけでも得をしたと思う。(ちなみに先生はリーディングは好きではなく、私がやった作業もやったこと無いとのこと)

この曲は、全然日本人と関係ないのに、日本のことを歌っているような所がある。短調の響き、明るくて軽い感傷、まじめでユーモラスでおだやかな愛情深い様子。陽気で大人しい子供達。一人一人は印象が薄いのに、大きな秩序や美しさの中にとけ込んでいるような安らかさ。

第一楽章。東洋の美女が現れる。白くて柔和な顔である。美しい衣裳で、蝶々さんよりもっと格の高い感じである。彼女は子供のために子守歌を歌う。それは美しい日本の山川、素晴らしい海辺の風景を次々と歌い継いでゆく、神々に聞かせる褒め歌である。

第二楽章。サーカスが町にやってきた。賑やかでもの悲しい西洋音楽の響き、色鮮やかな縞柄のテントや馬車、虎や象や、派手な衣裳のフリーク達の中には、眩しいくらいに綺麗な曲馬師の美少女が混ざっている。一瞬の恋心が、空にはじけ飛ぶ。

第三楽章。静かな街角で子供達が遊んでいる。道に蝋石で丸や四角に線を引き、遊びの歌を歌い、手を叩いて、数を数え、遊技をしている。大人達はいつもと同じように、穏やかな様子でそれぞれの仕事をしている。ものを作る人、荷車を引く人、籠に入れた野菜や魚を売り歩く人。この幸せな日々が、何時までもあるように!

そんな感じで私は楽しく弾いている。まともに演奏として弾けるようになりたいものである。
 

頭の善し悪し

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 5月20日(日)01時20分2秒
  バイオリンを習っていると、馬鹿な生徒になれて嬉しい。いつもと逆で、困るのは先生であって、私ではない!

何でもそうだが、生まれ持った素質というものが非常に悪ければ、たいした結果は望めない。バレリーナの場合は、1に容姿、2に容姿、3,4がなくて5に体力である。バイオリンを弾く場合は指先に弦を軽く押さえるのに肉が必要なのだが(仏像の手なんか理想的)、マニキュアのモデルの手タレのように爪の方が長くて指先が三角にそげている形の手の場合、正しい位置に正しい形で指が置けても弦が押さえられなくてまともな音が出せない。スタートラインに私は立っていないし、永遠に立つことはないのである。しかも、運動神経もすごく悪い!

シシリア麻里子先生は、私が他の初心者と比べてあまりにも何も出来ないので、困って、とにかく楽しく続けられるように、優しく温かく見守ってくれたので、私はなんだか、手のない人が顎でピアノを弾くような変な苦労をして(指先も何度も痛めた)演奏のまねごとを続け、ドレミも怪しいまま、初級テキストの最後まで来てしまった。

とりあえず良かったのは、バイオリンの練習が嫌いにならなかったことと、天才シシリア先生の魔のような美しい演奏を、自分の中に確かなアイコンとして持てたことである。

それで、今、4本の弦の名前もうろ覚えなら音階も指の位置がほぼでたらめで、「この音が出したいんだけど、この辺を押さえたら良いんだろうか」みたいな一個一個音を探す状態で、手製のスチールドラム的に全部間違った音で弾くので、今の先生が頭に来て「少しは、頭を使え!」的なことを言うのである。すごく、気持ちはわかる。

今弾いている曲はリーディングのDモールのコンチェルト(1月にチビのピアノの先生と合奏した、あれ。曲自体は結構好きだが、難しいことは一切わからない。)の第二楽章第三楽章なのだが、あまりにも理論的なことが身についていないので、「曲中に使われている音階(筋の通った変調も理不尽な変調も含めていっぱいある)を、全部指の幅で書き出してくるように」という宿題を出されてしまった。私は頭の悪い生徒なので、課題がよく飲み込めていなくて、買ってきた五線譜を眺めて呆然としている。こういう役は、なかなか、良い気分である。




 

ものすごく甘い

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 5月14日(月)02時29分16秒
  甘いものの好きな人は、普通の甘さでは満足できない、ということは、『美味しんぼ』と言う漫画でも言及されている。私は、甘くないと思う店には二度と入らない。

もちろんただ甘ければよいのではなく、何というか、一種の集中力みたいな、「これでなければならないのだ」という決意が感じられる味でなければならない。甘いものを食べに来る客は、その何かを賭けたような作り手の働きと、いわば、四つに組むのである。

これは一種の神事なのだ。食べることは、世界と交わることなのである。

・・・しかし店としても全てをこのような神がかったようなハードな甘さにすると、普通の客が入らないからだろうか、気に入った店でも、食べられるメニューは大体一軒に一つである。

まあ、管理人日記にも書いたように、最初に注文したメニューが気に入ったら自分からそれを変えることは永遠にないから、何も問題はないのだが。

高島屋の月ヶ瀬ではクリームあんみつを食べる。大丸の一階のイノダではマロンパフェを食べる。植物園前の長生庵ではぜんざい(普段粒あんを好まないのだが例外)を食べる。

どれも美味しい。平和な国で美味しいものが食べられて、何と贅沢な暮らしだろう!
 

どっちでもええがな

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 5月 7日(月)02時05分54秒
  起きて見る夢の白さに数ふべし幽遊白書蜜の地獄よ

これはいくらなんでも

覚めて見る夢の白さに数ふべし幽遊白書蜜の地獄よ

であるべきだという気がしてきたがどうしたものだろう。
 

どこでもドア

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 5月 7日(月)01時10分25秒
  松尾大社というところへ生まれて初めて行ってきた。そこは・・・うちの田舎だった。

本当に、正面のご神体の山と言い、磐座と言い、お薄を500円で飲んだ元宮司室だという六畳の座敷の雰囲気と言い、まったくといっていいほど、都祁村吐山小川口のうちの家だった。ちょっとうちより大きいだけである。

水源を祀っているのである。うちは伊勢屋と言う屋号の、元禄以降に移住してきたらしい家であるが、「屋敷の先祖さん」とよばれる先住の絶えた家から受け継いで持っている山が、「古宮さん」と呼ばれる信仰対象の泉に隣接しているか、あるいは重なっている。(はっきりしないところが田舎である。)何の古宮かというと、この辺の信仰を集めている下部(おりべ)神社であり、これは延喜式に載っているいわゆる式内社であるから平安時代以前からあった。手短に言うと、下部神社は古宮さんの拝礼や祭祀場所の一つなのだ。

これが神社の本来の姿である。そして松尾大社は、そのまんまである。気分的にはいきなり田舎へワープしたので狐につままれたみたいであった。

神像館にはいったらいきなり等身大より大きい立派な木製の座像が三体迎えてくれてびっくりした。老年男神像は田舎のおじいちゃんやお父さんに似ていたし、壮年男神像は丸い顔や後ろ姿もチビに似ていた。女神様は大変な美人で、私の知っている誰にも似ていなかった(強いて言えば武則天かな←これも想像)が、きっと、作られたときの最新流行の美女のパターンだったのだろう。三人は、我々が田舎へ帰ったときのように、「おう。おかえり。」という感じだった。

私は「隠居(本家)」の、若奥様(お母さんが健在なので)であるので、何にもしないくせに田舎では大事にしてもらっていて、いい気になっていて申し訳ないのだが、このように彼らは、勉強しかしない人間を自分たちの娘として面白がって、「癖のない、良い子だ」と可愛がるだけのスケールの大きい人々であったのだ。

お薄にはいつもはお干菓子と生菓子が付くのだが、今は山吹祭りの最終日で、特別期間限定の山吹饅頭?という上用饅頭(白いところへ水色と黄色で模様が付けてある)が、二人分だけ丁度残っていると言うので、それを頂いた。お世話している老婦人は、昨日までは参拝客が多くてばたばたしていたのだが、今日は本当に静かだと言っていた。

神格は上賀茂の神様より古く、包容力があり、落ち着いていた。が、「静かで、良かったやろ?饅頭、二つ残しといたったやろ?」とは、我々は一生言われると思う(笑)。

 

店名

 投稿者:momiji  投稿日:2018年 5月 4日(金)15時19分32秒
  評判の店はサラムナマステだった。  

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